應岳和尚の今日この頃 6

HOME

前のPAGEへ

2007年4月8日(日)
はなまつり

第17回となる、花祭コンサートを開催しました。お蔭様で盛況でした。聞きに来て頂いた方は大人の方がほとんどでした。50数名お見えでした。スピリット・ブラスの演奏も素晴らしかった。私のソロは、イマサンでした。トホホ!また来年も、やります!継続は力!!!

2007年4月6日(金)
京阪教区有職者会議

午後4時から、京都で会議でした。12日の本山での教区遠諱法要の打ち合わせ等を、話し合いました。帰りは、下の写真のように、高速が渋滞して時間がかかりました。

2007年3月18日(日)
彼岸法要

今日は、春期彼岸法要でした。85名の檀家の方が来て下さいました。K師(下の写真)も東京から加担に、駆け付けてくれました。有難いことです。法要の後、少しだけ、お話をしました。最後に、ギャグを一発。やや、ウケマシタ!へへへ

2007年3月13日(火)
花祭コンサート

今年もやります!花祭コンサート。第17回になります。4月8日午後2時から、本堂で開催します。出演は、お馴染みスピリットブラスの金管五重奏です。一曲私もトランペットで参加します。曲何やるかまだ未定です!?いつも、直前に決め、当日一度リハーサルをして、そく本番です。無茶なことやってます。トホホ。今年も、桜が満開だとうれしいな。

2006年12月12日(火)
開山忌

今日は妙心寺の開山の無相大師のご命日。妙心寺法堂にて朝10時から12時まで厳粛に執り行われました。前半1時間は、お供え物を供える儀式。後半1時間がお勤めです。私は今年で7回目の出頭でした。2時間正座すると、立つ時大変!なんです。下の写真の、頭のアップの和尚さんは、兵庫県の方ですが、2時間微動だにされませんでした。たいしたものです。
12月6日に、難波寺で定期部内会があり、今日の開山忌が終わると、ほっとします。フー!

2006年12月9日(土)
11月28日本山住職研修会

京都妙心寺で、住職研修会がありました。大阪・京都の和尚たちが40数名参加しました。朝10時から夜までです。下の写真を見て下さい。齋座(昼食)にうどんが出ました。修行時代よくあったメニューで、みんな、食べる食べる!すごい人は、ご飯まで食べてました。臨済の和尚はみんな饂飩好きなのでした。

2006年11月27日(月)
11月23日大法院紅葉の会

先日、妙心寺山内大法院で紅葉の会がありました。ライトアップされた紅葉なんとも趣がありました。やはり、京都はこういうのが似合う町です。下は、食事の前の弦楽四重奏の司会をしてる私です。演奏は、大阪音大、京都芸術大学、神戸女子大の皆さんでした。今年は、音楽をやるときは、羞恥心を捨てましょうという話をしました。毎回沢山のお客様がみえて、大法院のご住職の交友関係の広さには、ほとほと感心します。有名人も何人かお見えでした。

2006年11月14日(火)
東福僧堂その3

東福寺は、現在、紅葉の名所として、有名です。上の写真は開山堂。下の写真が11月13日現在の紅葉の樣子です。まだ、少ししか紅葉してませんが、拝観の方は、とても沢山でした。みなさん、もう少し待ったほうが良いですよ。(老婆親切)

2006年11月14日(火)
東福僧堂その2

上の写真は、禅堂(もっぱら、坐禅をし、畳一畳で暮らす)の前門です。下は、木版で、色んな時刻を知らせるためのものです。隨分古いもので、打つところがへこんでいるでしょう。このへこみが、突き抜け穴が開くと、その日は、一日休みになると伝えられてます。実は、私がいた頃に、穴が開いたんです!!!でも、休みにはならず、がっかりしたのを思い出しました。

2006年11月14日(火)
東福僧堂 毎歳忌

11月13日東福僧堂の林恵鏡老師の毎歳忌で、京都東山東福寺に行きました。上の写真は、僧堂の赤門、下の写真は、恵鏡老師の頂相です。恵鏡老師は、はじめ妙心僧堂の師家を勤めておられましたが、東福寺の官長に拜請され、東福寺官長兼東福僧堂師家として、東福寺に昭和25年にこられました。私が修行中も妙心僧堂の臥雲庵老師が度々お見えになっていました。

2006年11月11日(土)
鯨橋

先日、東淀川区の瑞光寺で、鯨の骨でできた橋の架け替えの法要に行ってきました。30年ぶりの掛け替えで、和歌山県太子町の村長さんが来てました。これには、因縁があります。昔、太子町が鯨の不漁で困っているとき、瑞光寺の何代か前の住職が祈祷して、鯨の大漁になったそうです。喜んだ町民が、鯨の骨で橋を寄進したと言うことです。写真は、瑞光寺の書院の観音さんです。なかなかいいお顔をされていましたので、撮ってきました

2006年9月24日(日)
開眼供養・彼岸会その3

ご覧のように、沢山の檀家さんがお見えになりました。三体の仏像は表に出したことがありませんでしたので、皆さん、熱心にお参りされてました。お手伝い頂きました、k和尚さんの声が素晴らしいと、皆さん驚かれていました。

2006年9月24日(日)
開眼供養・彼岸会その2

上の写真が、毘沙門天。多聞天とも言います。上杉謙信が信仰して、旗を毘沙門の「毘」にしていることで有名です。下の写真は、不動明王です。このように、観音さんの脇侍仏が毘沙門・不動というのは、天台宗の祀り方のようです。難波寺は、江戸時代半ばまで、天台宗のお寺だったことが、偲ばれます。

2006年9月24日(日)
開眼供養・彼岸会その1

皆様のお陰で、難波寺の脇侍仏の毘沙門天(向って右)不動明王(向って左)と大黒天の三尊の仏像が修復を終え、本日開眼供養を執り行いました。三つとも、三百年以上前のもので、修復に一年半かかりました。下の写真の大黒天は、三面六臂の像です。三つの顔と、六本の腕を持っています。三つの顔は、正面が大黒天、向って右が弁財天、向って左が毘沙門天です。

2006年9月5日(火)
塔婆を書く

さっき、秋彼岸法要の檀家さんの、塔婆を書いていました。60枚くらい書いたところで、急に筆が進まなくなりました。何も考えずに書いていたのに、「あっ!、この人,書家だ。」と思ってしまい、「きれいに書かなきゃ」と考えてしまいました。さあ、次の塔婆を書こうとしたら筆が進まなくなりました。無理に書こうとすると、筆が振るえます。何も考えず、書けば良いものを、きれいに書こうなんて思うとだめですね。初めて、お葬式の導師をしたとき、やはり、式直前に白木の塔婆を書こうとしたら、表書きは平気で書けたのに、裏書を書こうとすると、手が震え、なかなか、書けなかったことを思い出しました。まだまだ、修行が足りませんね。反省!

2006年8月20日(日)
お盆も終わり・・・

今日になって、やっと、棚経の疲れが、少しづつ取れてきました。身体的・精神的疲れなんでしょう。8月2日から、一日の休みも無く、棚経に回っていると、さすがにきつい。4年前から、東京から応援の和尚さんが来てくれて、手伝って頂きます。でも、これも慣れてしまうと、やっぱりきつい。あきまへんな。人間楽するとすぐ慣れてしまう。8月23日・24日の地藏盆が終われば、休みになります。皆様も、残暑厳しき折、ご自愛専一にお過ごし下さい。

次のPAGEへ